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シンガポール2日目

昨日の夜に窓から見た風景です。シャワーを浴びてから10頃に就寝しました。

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9時頃に起床。旅の疲れのせいでほとんど半日寝てしまいましたが、おかげで爽やかな目覚めでした。近所の大衆食堂で遅めの朝食をとりました。

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色々な惣菜が並んでいて、適当に選ぶと皿に盛ってくれます。私はご飯、ゆで卵、ナスとキクラゲの味噌煮込みのようなもの、そして豚肉とニンニクの茎の炒めものを頼みました。

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ゆで卵はその場でお店の人がザクッとナイフで半分に切ってくれるので、あとは自分で殻からほじくり出して食べます。実に大雑把ですが、全部で4ドル(約350円)と安いので文句はありません。とても美味しかったです。

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ホテルのあるゲイラン地区は、中国、インド、タイ、インドネシア、マレーシアなど、様々な国の料理や日用雑貨を売る店で活気があります。街行く人々の姿恰好も様々。またシンガポール政府公認の歓楽街らしく、客を待つ若い女性が街角に沢山立っていて、夜はもちろんのこと朝からすでにスタンバイ。通りかかる私のような旅行者にも声をかけてきます。これは日本では見ることのできない光景でした。

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これは足裏マッサージのお店でしょうか。昨日通りかかった時に高梨九段が「これやってもらいたい!」と非常に関心を示していました。

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街のところどころに大きな木があります。熱帯のせいか育ちが良いですね!

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この建物の前面部は、車の右に見える細い柱(同じものが左にもある)だけで支えられています。もちろん奥には一階部分があるのですが、それは床面積の3分の1もありません。阪神淡路大震災で多く倒壊した「ピロティー式」のビルです。シンガポールには地震がないようですが、それにしても危なっかしく思えます。

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MRTでラッフルズプレイス(ラッフルズ卿の上陸地点)に来ました。この写真の左側の川岸はかつて小型の漁船が沢山停泊したためにボートキー(小型船埠頭)と呼ばれています。

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シンガポール川の南岸から北岸へ渡る橋の上で、テレビドラマの撮影らしきものが行われていました。

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これが今日の目的地「アジア文明博物館」です。前回来た時に横を通り、「この博物館に入りたい!」と思ったのですが、時間がなく諦めました。今回は訪問できて良かったです。

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博物館では無料のガイドツアーに参加しました。途中まで参加者が私一人だけだったので、ガイドのグレイスさんと色々と雑談しました。「シンガポールに来るのは初めてですか?」に始まって色々と質問をしてきたので、2度目であることや今回の訪問目的が明日開幕するオセロワールドカップ参加であることなども話しました。ツアーが終わった時には「OWC頑張って下さい!」と応援してくれました。

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これがガイドのグレイスさん。とても詳しく展示内容を説明してくれました。写真に写っているのはインドネシアの「移動式神殿(portable shrine)」です。日本の御神輿によく似ていました。ちなみに御神輿も英語訳はportable shrineです。

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カンボジアの仏像です。グレイスさんによればブッダの身体的特徴は32あるそうで、「手が長い」「足の指がどれもほぼ同じ長さ」「頭に突起がある」「首に三本の線がある」等を教えてくれました。

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タイの仏像。

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東南アジアの様々な国の文化遺産を心行くまで堪能することができました。

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博物館を出て散歩。これは旧最高裁判所です。

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こちらが現在の最高裁判所。まるでホテルのような外観ですが、出入口の上部にSupreme Court(最高裁判所)と書いてあります。旧建物の方が遥かに威厳がありますね!

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その後バスに乗ってオーチャード通りに来ました。ここは日本の銀座のような場所で、多くのデパートがあります。

「ああ、あの時あれを買っておけば良かった!」と後悔することはありませんか? 私の場合めったにそのようなことはないのですが、シンガポール旅行については一つだけ大きな後悔がありました。前回来た時にオーチャード通りの高島屋3階にある紀伊国屋で見かけたSingapore – A pictorial history 1819-2000という本です。

私は古い白黒写真を見るのが大好きです。特に人物が写っている白黒写真が好きで、博物館などにそのような写真が展示されていると吸い寄せられるように見入ってしまいます。セピア色に変色した写真に写る人たち。その姿は若々しく、エネルギーに溢れています。しかしたとえ写真に写る姿が子供や若者であったとしても、もはやその人たちはこの世にいません。一体その人たちは、この写真に切り取られたその場所で、その後どんな人生を送ったのだろうか、と想像してしまうのです。幸せな一生だったのだろうか? それとも苦しい労働や辛い運命に翻弄された薄幸な人生だったのだろうか? どんな人と結婚し、どんな生活を送り、どのように死んだのか?

この本には私の想像力を掻き立てて止まない、シンガポールの人たちの古い写真が沢山載っていて、私は1時間近くも立ち読みをしてしまいました。しかしこの本はとても分厚く、重く、高い(64ドル。約5500円)ので、さんざん迷った挙句に買わなかったのです。日本に帰ってからとても後悔し、「再びシンガポールに行く機会があったら必ず買う」と心に決めていました。今日ついに紀伊国屋を再訪し、その本を買うことができました。

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表紙。

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裏表紙。

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このページの上半分に写っているのは昔のボートキーです。確かに船で一杯ですね! このような写真を見てから現在の場所を見ると、旅の楽しみが倍増しますね!

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現在のボートキー(再掲)。

4時頃にホテルに戻って、休憩がてらこのブログの原稿を書きました。6時にフアチョン学院(Hwa Chong Institution)のYasi先生とKhairul先生がホテルのロビーに迎えに来てくれました。2年前にAsia Pacific Young Leaders Summitに参加する麻布生3人と共に初めてシンガポールに来たのですが、その時に特にお世話になった先生です。Khairul先生の運転する車でインド料理屋に向かいました。

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この店のテーブルにはアイパッドが置いてあり、それをタッチして様々なメニューを見、注文します。政府が技術振興のために、このようなメニューを備えるための援助金を出しているそうです。

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美味しいインド料理を食べながら、懐かしい二人ととても楽しい時間を過ごすことができました。私が昨年の四月からフランス語の授業を持っていることを話すと、Khairul先生(男性)が「実は私も昨年からフランス語を習っています」とのこと! ひとしきりフランス語談義に花が咲きました。シンガポールでもフランス語はマイナー言語なのですが、急に何か新しいことを始めたくなったそうです。ところでシンガポールでは外国語の中で特に日本語の人気が高いそうです。意外だったので理由を聞くと、「確かに日本経済はかつてほど良くないかもしれませんが、日本には他の国にはない独自の文化があります。グローバル化が進んで似たような雰囲気を持つ町が増える中で、長い伝統に培われた独特な日本の文化はとても魅力的です」とのことでした。そういえば2年前にお世話になったファシリテーター(サミット参加者をお世話してくれたフアチョン学院の生徒)の中にも日本語を勉強している生徒がいました。なんだか嬉しいことですね。

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「シンガポールの思い出」と題した文章を2年前のオセロニュースに書いたのですが、そのオセロニュースをあげるととても喜んでくれました。あと、私の書いたオセロの本も差し上げました。二人とも母国語は中国語なので、漢字の部分を拾っていけばなんとなく意味が分かるのではないかと思います。

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いつの日か日本、あるいはシンガポールで再会することを約束して、ホテルの前で二人と別れました。

さあ明日はいよいよオセロワールドカップの開幕です!

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